-この仕事には、実際に2年ほど従事されていますが?
そうですね。単純に仕事として面白いですね。あと、この仕事は自分を客観視できるというか…。もちろん子供たちのために考えるわけですけど、客観的に「自分としてはどうなの?」と考えることがあって、利用している子供たちは何かしらの障がいというか普通の子供とは少し違う部分があるのですが…。今も「普通」という言葉を使いましたけど、じゃあ自分はどうなんだと。一緒に活動をしている中で自分にも「足りていない部分があるな」とか、「ここはやれているな」とか。今までの仕事をしている時にはそういう感覚は沸かなかったですから「俺はこういうところが足りていないんだな」ということを気付かせてもらっています。
-何かあらためて自分を見つめ直すことができるようになった感じですか?
そうですね。そういう意味でも今の仕事をやらせてもらえて松ちゃん(平松康平)にも子供たちにも感謝しています。
-どういう場面でそういうことを感じたりするのですか?
最近になって感じた自分の足りない部分でいえば…。僕は昔から自分でも短気ということはわかっていました。普段は穏やかなのですが、何か嫌なことがあると頭に血が上ってしまうことがあったりして。今一緒に活動をしている子供の中にも同じような子がいて、障がいがあってもなくても子供ですから、あまり周囲に気を使えずに自分の世界観で怒り出してしまうのですが、何か自分も同じだったたんだなと。
-そのことをどう仕事の中で生かしていこうと思っていますか?
自分の経験してきたことでどうすればそうならないかを伝えることはできるのかなと思います。また怒り出す子供の気持ちも理解できますけど、どういう風に声掛けをすれば良いのか、どういう態度をした方が良いのかなど日々勉強中でもありますね。
-やはり障がいがあるなしに関係なく、子供が相手というのは難しいですか?
そうですね。ただ、難しい部分もありますが大人と違って子供は感性が豊かで、凄い才能を秘めている子がいっぱいいますから、そこを引き出してあげることができれば面白いと思います。何かは足りていないけど、ある部分は凄く長けている。そこを将来に向けて伸ばす手伝いができればなと。ですからやりがいという意味でもこの仕事は自分に合っているのではないかと思っています。
-スクールの子供たちとここでの子供たちの違いというものは何か感じられますか?
そうですね。もちろん障がいのある子供たちとそうでない子供の違いはあると思いますが、スクールで教えていた時も「この子のストロングポイントの部分をどうすればもっと伸ばせるのか」ということを常に考えてやっていましたから、そういう根本的なことはそれが「サッカー」と「生活」の違いはあっても変わらないのかなと思います。障がいのある子供たちも将来は自立して生活をしなければならないと思いますから、その時に困らないようにこういった場所でいろいろと学んでもらって、僕らはその子供たちが将来に生かせる何かを見つけられるようにしてあげたいと思います。
-放課後の1日3時間ぐらいの活動の中でも子供たちの日々の成長というものはありますか?
そうですね。以前であれば言うことを聞かなくなってしまっていた場面でも今は我慢ができるようになったとか、今までとは違う行動ができるようになったとか…。さすがに1日、2日では無理ですけど、1ヶ月、2ヶ月という間ではその成長を見られることもありますね。
-昔からこういう仕事というのは、和田さんの考えにはあったのですか?
いえ、逆に避けていた部分であったと思います。
-でも実際に取り組んでみるとやりがいを感じられたということですか?
そうですね。この仕事を始めて3年目になりますけど、逆に今スクールの指導をしたらまた違ったアプローチや指導ができるのではないのかとも思いますし、子供一人ひとりの気持ちに立つことができるようになったのではないかと。スクール時代にはそこはあまり考えずに指導をしていましたから…。だから僕はそこが苦手な部分であったのかなと思います。今はそこを凄く大切にしていますし、この仕事をして良かったと思っています。
-今は子供たちとサッカーをやる以外ではボールを蹴ったり、フットサルなどをやったりしていないのですか?
実は指導者をやっている時に前十字靭帯をケガしてしまいまして、そこからちょっと怖さがあって…。それでも楽しみながらボールを蹴ったりするサッカーはやりたいと思いますね。
-何かこれからやりたいことはありますか?
そうですね。エスパルス時代もスクールという小学生年代を指導していて今も小学生が中心ですが、県外の小学生との差が結構あるなと感じています。このまま中学、高校と進んで行けばその差というものは広がってしまうと思いますし、昔は静岡へ指導の学びを求めていた県も今は独自でやられていて、しかも静岡よりも子供の数は多いと。その部分に静岡の指導者は気付いているのかなと感じますね。「サッカー王国の復活」を目指していますが、根本的に違ってきていることに気付けているのかなと。だからそういうところを変えて行きたいなということはありますね。
-それは障がいがある子供だけではなくていう意味ですか?
そうですね。障がいがある子供だけではなくて、大人も含めスポーツをやりたいけれどやれる場所がないという現実がありますから…。まだ具体的にどうするということはないですが、盛り上げて行きたいという思いはあります。例えば、今までは興津川の河川敷の土のグラウンドで子供たちとサッカーなどをやっていましたが(土のグラウンドの良さというものもありますが)、先日完成した『IAIパラスポーツパーク』には綺麗な人工芝があって、屋根付きのコートがあって…(何回も利用させてもらっています)。その環境によって子供たちもまた違った嬉しさというか、より良い環境でスポーツができる喜びを感じてくれてやっているように思いますから、環境面という部分には自分も取り組めればなと思います。
-環境面や施設ということもこれから重要なると?
この仕事に就くまではもちろん障がい者や障がい児という存在は理解していましたけど、何か関係のない部分なのかなと思っていました。でも、社会では共存するべきであって、本来は「一般者用施設」だとか「障がい者専用施設」という区別がない、誰でも使用できる施設が必要なのではないかなと思います。今は『IAIパラスポーツパーク』のような特別な施設を利用して障がいのある人たちがスポーツを楽しめていますが、将来的には区別のない誰もが利用できる施設が数多くできればなというのが理想ですけどね。ただなかなかそこまでのハードルが高いのが現実ですね。
-まだまだ障がいを持つ人たちには優しい社会になっていないと感じますか?
ただ、僕もこの仕事をやり出してわかったことが多いですし、昔の清水工業高校の跡地に清水特別支援学校があるのですが、そこへ初めて子供たちを迎えに行ったときは衝撃を受けました。送迎用の観光バスが何台も待機していて、同業者の迎えの車も何十台とあって、「こんなに障がいを持つ子供がいるのだ」と驚きました。今はそれが普通となりましたが、一般の人の多くは知らないことだなと。この業界も大事なはずなのですが、世間的にはまだまだ知られていないことが多いと感じます。
-ところで最近のエスパルスの試合は観ていますか?
試合は観ることができる時は観ています。
-今シーズンのエスパルスはどうでしょうか?
うーん、そうですね。そこまでしっかりと理解しているわけではないですけど、J2から昇格した1年目ということで考えればよくやれているのではないかと思います。J2で強いというのはわかりますけど、J1となるとレベルが違うので難しいのかなと思っていましたが…。ただ乾選手への依存が大きいのと、どう得点を取るのか、どう守るのかという部分でまだハッキリとチームの形というのが確立できていないのかなと思います。あと公表はされていないようですけど、ケガ人が多いのが少し不安なところですね。
-今後の見通しというのは?
去年は昇格1年目の町田ゼルビアが上位争いをしていましたし、東京ヴェルディもメンバー的には難しいと思っていましたけど残留しました。今年も初昇格したファジアーノ岡山が健闘していますし、逆にあの横浜F・マリノスがなかなか勝てなくて最下位に沈んでいるというシーズンになっていますよね。だから何が起こるかわからないですよ。
-降格して2年間J2でのシーズンを過ごしましたが、OBとしてはエスパルスがJ2へ降格したことはどう捉えていましたか?
やっぱりエスパルスはJ1にいなければいけないと思いますし、2度J2へ降格していますが今回は、1年でJ1へ復帰できなかったことは寂しかったですね。これだけサポーターから応援されているクラブもないと思いますから、日本のトップリーグでの試合をサポーターに見せ続けてあげてほしいと思います。
ただ1度J2へ降格したクラブは「このままではいけない」という危機感で試行錯誤すると思うのですが、その試行錯誤中に昇格してしまうのでなんとなく課題が有耶無耶になってしまうのではないかなと思います。もちろんJ2での戦いが長くなれば経営的にも厳しくなるので、クラブとしては1年でも早くJ1へ復帰したいと努力するのだと思います。でも、J1に昇格するだけではなくてもっと根本的なことを見直さないと…。
僕個人的な思いですけど、J2に10年いたとしても良いと思うし、中途半端な形で続けていてもまた降格してしまうのではないのかなと思います。東京ヴェルディが長い期間J2でやっていてプレーオフでエスパルスを倒して昇格しましたけど、長い時間をかけてクラブが変わったのだと思います。J1だからJ2だからというわけではなくて、昔の財産だけでは維持できないはずなので、変化も加えながらクラブがチームをどうしたいのかということを明確にする必要があるのではないかと思います。
-そこでOB選手の力も必要となりますよね?
そうですね。まあ僕は「OB」と認めてもらえるのかわからないですが、1度外に出たことのある人の方がエスパルスの良さを再認識できていると思います。今も現場やフロントにOBはいますけど、ただそれ以外にも多くのOBが他クラブのコーチやスカウトとして活躍しているのも事実で、そういう人たちが「エスパルスのために戻ろう」という気持ちになれていないことが今のクラブの問題点でもあるのかなと思います。
もちろんOBだけ、身内だけで固めるのはあまり良くないことかもしれないですが、現在首位の鹿島アントラーズはトップから下部組織までOBが揃って尽力していることも今の成績に関係していると思います。強い弱いは関係なく、エスパルスは選手やOB、サポーターにとって、もっと魅力あるクラブにならなければいけないと思います。
-これからの和田さんの目標とは?
そうですね。今年45歳になりますから…。エスパルスで三島のジュニアを指導していた時に「自分の力を最大限に発揮するように」と子供たちへ言っていたのですが、それはまさに今の自分にも言えることです。1日1日、瞬間、瞬間で力を出し切りたいなと思います。自分の持っているものをこの会社で出し惜しみしないで子供たちに注ぎたいですね。そこから何らかの可能性を広げることができれば良いのではないかと思っています。
-「なんとなく」ではなく?
そうですね。今までが「なんとなく」が多かったので…。でも楽しめてここまで生きてこられたと思いますし、今も松ちゃん(平松康平)に楽しませてもらっていますから、なんとなくいろいろなことをやって来ましたけど、それはそれで良かったのかなと思います。ただ思うのはいろいろな場面でいろいろな人に助けられてここまできたので、これからは自分が誰かの力になれるようにと思います。
-最後にエスパルスサポーターへメッセージをお願いします。
僕のことを覚えていない人もいると思いますし、僕のこと自体を知らないサポーターの方も多いと思います。現役時代はそこまでの結果も成績も残せなかったのですが、縁あってエスパルスでサッカーをさせてもらって、今は離れていますけどやっぱり気にはなります。清水、静岡という土地はサッカー文化が根付いていて今年も国立競技場をあれだけのファン、サポーターで埋められるのは地方クラブではエスパルスぐらいだと思います。今は「サッカー王国」と言うには少しおこがましいですが、サポーターの皆さんには自信を持って選手たちをサポートしてあげてほしいですし、クラブもそんなサポーターに甘えることなく、さっきも言いましたが「魅力あるクラブ」にしてもらいたいと思います。合わせて、サポーターの方にも障がいを持つ人たちへの関心を少しでも深めてもらえれば嬉しいですね。
-本日はありがとうございました。これからのご活躍も期待しています。
上手くお話しできたか不安ではありますが、この取材がまたあらためて自分を見つめ直す機会になりそうです。こちらこそありがとうございました。
完
プロフィール
1980年生まれ
静岡県富士市出身
小学3年生から本格的にサッカーを始め、中学時代にはU-15、U-16日本代表にも選出された。清水エスパルスユース在籍中の1998年に2種登録選手としてトップチームで公式戦20試合に出場し、翌年には市川大祐、平松康平などと共にトップチームへ昇格した。しかし清水エスパルスでの出場機会に恵まれずに2000年にJ2大分トリニータへ移籍。2003年にJ2ヴァンフォーレ甲府へ移籍し、このシーズンで現役を引退した。その後は1度サッカー界から離れたが、2007年に清水エスパルスサッカースクールコーチとしてクラブに復帰し、東部地区のスクールでコーチ、監督を歴任した。2022年にクラブを退職し、現在は幼い頃から信頼を寄せていた平松氏が代表を務める株式会社BAILAにて、放課後等デイサービスの「みらいがくいん」、「フォルマ」、短期入所(ショートステイ)の「カバナ」、スポーツクラブの「バイラ」という障がい者福祉施設に勤務し、障がいを持つ子供たちと一緒に未来に向けて尽力している。